中小企業や個人事業主の経営を後継者が承継する際には、相続税や贈与税の支払いに苦慮しやすいという問題があります。こうした懸念に対し、先代が築いてきた事業が円滑に承継されるように制定されたのが「事業承継税制」です。しかし、対象株式数に制限があること、取消し事由が厳格であることなどから、制定後すぐにはなかなか活用されることが少ないという実情がありました。この税制を利用しやすいよう、平成30年度に10年間の時限措置として、適用要件などを緩和した特例制度に関する改正が行われています。
この記事では、事業承継税制とは何か、主な改正点や改正後の適用要件について詳しく説明していきます。また、事業承継税制にはメリットがありますが、同時にデメリットもあります。事業承継税制を活用するための方法と合わせてご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
事業承継税制とは?
事業承継税制は、中小企業を継承した場合に、一定の要件を満たしていると、相続税や贈与税の支払いが猶予される制度です。この制度では、一定の要件を満たしながら経営を継続していけば納税は猶予され、将来的には免除されることが想定されています。資金に限りがある中小企業オーナーにとって、事業承継で多額の税金を納めてしまうとその後の経営に必要な資金が枯渇してしまいます。そのため事業承継を検討しながらも二の足を踏む経営者も多いのが現状です。
中小企業の経営者の声に応えるべく、国は平成20年に「経営承継円滑化法」を施行しました。さらに、平成21年の制度改正時には「非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予の特例」を制定しています。これが事業承継税制の始まりです。
施行当初は申請手続きなどが難しく、十分に制度が活用されないという問題がありました。そのため、平成30年度に当事者が利用しやすいよう10年間の時限措置として、要件が緩和された特例制度が設けられています。中小企業の経営者が新たな制度として活用すれば、従来よりも事業承継がスムーズに進むのではないかと期待されています。
経営承継円滑化法とは?
経営承継円滑化法は、正式名称を「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」と言います。前述した事業承継税制は、経営承継円滑化法における特例措置のことを指します。
経営承継円滑化法は、名称にもあるように中小企業の経営者が円滑に事業承継を行うために制定されたものです。しかし、実際には手続きが難しいという声が多く、施行当初、実際に経営承継円滑化法で認定された件数は想定をはるかに下回っていました。この状況を受けて、中小企業の経営者が利用しやすいよう平成21年、平成29年に改正が行われ、特例である事業承継税制の適用範囲が緩和されました。これらの改正により、親族外承継も特例の範囲内として含められ、合わせて相続時精算課税の併用も可能となりました。平成30年に行われた改正では、抜本的な特例措置が設けられているのが注目すべき点です。
平成30年度における事業承継税制の改正点
平成30年度の改正では、中小企業の経営者の利用推進を目指して主に要件の緩和が行われました。制度変更前と変更後の改正点について、ご紹介します。
「発行済議決権株式総数の2/3、相続税猶予割合80%」が「株式数の上限撤廃、納税猶予割合100%」に改正
・適用される後継者の人数
「1人」から「最大3人まで」に改正
・相続、贈与を行える人数
「先代の経営者のみ」から「複数の株主」へ改正
・相続時精算課税
「推定相続人又は孫のみ」から「推定相続人及び孫以外も適用可」に改正
相続時精算課税は、贈与される側に2,500万円までの特別控除額や、贈与者が亡くなるまでは贈与税の税額を一律20%とするなどの措置を設けている制度です。対象株式や適用人数など適用要件が緩和されたことで、事業承継税制の要件を満たせば贈与税や相続税を支払わなくても事業承継が可能になりました。
ただし、この制度は令和9年12月末までに行われる事業承継を対象としています。さらに、制度を利用するための「特例承継計画」は令和5年3月末までに各都道府県に提出しなければなりません。これから事業承継を検討している方は、適用期限を意識して計画的に事前準備を進めていく必要があります。
改正された背景や目的
このように度重なる改正が行われた背景には、国内の中小企業を中心とした経営者の高齢化があります。従来から多く行われてきた親族内承継は、次第に減少する傾向にあるのが実情です。そのため、親族外に事業承継する場合にも対応できるような条文の改正が必要になりました。
もし、中小企業が事業承継できずに企業数が減少すれば、多くの雇用は失われ国内総生産も低下してしまいます。中小企業の事業承継をより円滑に進めるために、国が支援策を講じる必要性は急を要しています。
実際に、中小企業施策の実施機関である「独立行政法人 中小機構」では、従来から行ってきた業務に事業承継に関するサポートが加えられています。中小企業の事業承継でネックとなる資金面において金融支援を行い、事業の廃業を回避することを目指しています。
事業承継税制の適用要件
事業承継税制の適用要件は対象ごとに異なります。適用対象は会社、後継者、先代経営者の3つに分けられます。ここでは、それぞれに必要な適用要件や変更点などについて詳しく説明していきます。
会社
事業承継税制が適用されるのは、あくまでも中小企業です。そのため、承継法上の中小企業に該当するための主な要件をあらためて確認しておくことが大切です。実際に会社に関する以下の要件をすべて満たす必要があります。
・資産保有型会社又は資本運用型会社に該当しない
(特定の資産額や資産収入が一定の基準を超えていない)
・医療法人・風俗営業会社ではない
上記用件をすべて満たしたうえで、業種ごとに資本金や従業員数に対する次のような要件が定められています。
・小売業:資本金5,000万円以下、又は従業員数50人以下
・サービス業:資本金5,000万円以下、又は従業員数100人以下
・製造業など、その他の業種:資本金3億円以下、又は従業員数300人以下
業種によっては定められた基準を超えてしまう可能性もあるので、資本金や従業員数に対する要件には特に注意しなければなりません。
ほかにも、「担保の提供や承継後8カ月以内に申請して都道府県知事の認定を受けること(相続税の場合)」、「適用後にも定期的な報告を行うこと」といった条件があります。
加えて、承継後も納税の猶予を継続するには一定の「雇用確保要件」を満たす必要があります。改正前の雇用確保要件では「承継後5年間は平均で8割の雇用を維持する」とされていました。改正後の要件も原則同じですが、報告書に雇用の状況についての理由を記載し都道府県知事から認定されれば納税の猶予が継続されると定められています。
このように、さまざまな適用要件がありますが、中小企業にとって要件緩和された事業承継税制は活用しておきたい制度です。必ず要件を確認しましょう。
後継者
事業承継税制の対象になる後継者は、平成30年度の改正により従来の1人から3人へ変更されました。後継者に関して、ほかに以下の要件が定められています。
・一族の中の筆頭株主であること
・(後継者が2人又は3人の場合)各々総議決権の10%以上の議決権を保有していること
後継者が「相続」「贈与」のどちらで事業を承継したのかでも要件は変わってくるため、事前に確認しておきましょう。
もし、事業承継後に代表者が決まらない状況が5カ月以上も続くような場合は、相続税の猶予が適用されないので注意しなければなりません。議決権などの要件の基準日が相続や贈与を受けた時点であることも確認しておきたいポイントです。
先代経営者
事業承継税制には先代経営者に対する要件もあります。
・承継直前には一族で50%超の議決権を有していた
・承継前は一族の中の筆頭株主だった
さらに、事業承継を「贈与」として行う場合には、贈与する時点で先代経営者は代表を退いておく必要があります。これは、事業承継を行った後には、先代経営者が代表として後継者支援を行うことができないことを意味しています。
事業承継税制のメリットとデメリット
中小企業の事業承継を推進するために設けられた事業承継税制には多くのメリットがあります。ただし、事務手続きが難しいといったデメリットも同時に存在します。ここでは、事業承継税制のメリットとデメリットを説明していきますので参考にしてください。
メリットとは
事業承継税制では、定められた要件を満たせば相続税や贈与税の猶予が認められるという大きなメリットが得られます。しかも、事業承継後に継続して一定の要件を満たしていけば、猶予されていた分の税額は免除されるというのが最終的な形です。事業承継税制を活用すれば、結果として贈与や相続にかかる税金負担がなくなります。ただし、長期に渡る事業承継後の経営のなかで要件を満たすことができなくなれば、猶予されていた税額を納めなければならないので注意が必要です。
とはいえ、事業承継時に中小企業にとって大きな負担になる贈与税などを納めなくてよいのは大きなメリットでしょう。猶予された分の資金は承継後の運転資金に充てることもできるため、経営がより楽になります。また、事業承継税制は適用期間が決められているため、後継者が先代経営者に事業承継の準備を意識させやすいというメリットもあります。
デメリットとは
改正される前よりは手続きが軽くなった事業承継税制ですが、それでも事務は煩雑です。改正前よりも提出書類は少なくなっているものの、提出する都道府県により書類の種類などに大きな違いがあり、多量の添付書類などを求められるケースもあります。適用後5年が過ぎれば、以降は3年ごとに必要書類を提出し続けなければなりません。
また、事業承継税制自体が複雑な制度であることもデメリットです。条文の量が多いうえに内容には細かな規定があるため、内容を理解し把握するのは法律に精通していない経営者には難しいでしょう。活用するには十分な事前準備が必要です。
さらにもっとも大きなデメリットとして、納税猶予の取消リスクがあります。事業承継の適用後には25に及ぶ取消事由の項目があるため、該当しないよう注意しなければなりません。取消事由に該当した場合は、猶予されていた税額に利子を加えて2カ月以内に支払うことになります。
取消事由には、定期的に提出しなければならない「継続届出書」の提出が遅れる、平均雇用人数が相続・贈与時の8割を下回っているなどの項目があります。なかでも預貯金や貸付の割合が7割を超える「資産保有型会社」に該当した場合は、取消事由にあたるため注意が必要です。ただし、制度改正後は、やむを得ない事情がある場合には半年間の猶予期間が設けられています。
事業承継税制を正しく理解し活用しよう
事業承継税制は、中小企業の事業承継を推進するために贈与税や相続税の支払いを猶予する制度です。事業承継に伴う多額の出費が猶予されるメリットは大きいのですが、一方で手続きの難しさや取消リスクなどデメリットも多くあります。事業承継税制を利用する場合は、実績のある専門家に任せると心強いでしょう。
「GCAサクセション」では中小企業の事業承継に関するアドバイザリーサービスを提供しています。代理人型のサポート体制を整えており、M&A経験10年以上のプロフェッショナルがオーナー様の専属アドバイザーとして対応しています。今回ご説明した事業承継税制の活用などの事業承継における税務のご相談については、グループ会社の「GCA税理士法人」にてサポートを行っております。事業承継についてお悩みをお持ちの方はぜひ一度GCAサクセション又はGCA税理士法人にご相談ください。
記事監修
GCA税理士法人は、M&AアドバイザリーファームであるGCAグループの一員として、M&Aにおける税務アドバイザリーサービスを提供する独立系のプロフェッショナル・ファームです。当法人では、主にM&Aトランザクションアドバイザリーサービス(税務デューデリジェンス、税務面でのストラクチャリングアドバイス等)、組織再編コンサルティング、事業承継コンサルティング、税務顧問業務といった幅広いサービスを提供いたします。
記事監修
HLサクセション株式会社は、オーナー様企業における事業承継案件に特化した代理人型M&Aアドバイザリー会社です。「お客様の最善の利益のために」、オーナー様専属のアドバイザーとして、クライアントのご意向に沿ったM&Aの実現を徹底的に追求いたします。
事業承継税制とは?改正後の適用要件やメリット・デメリットも紹介